原点回帰 『触れる』ということ

わたしがマッサージに興味を持ち始めたのは、
単なる人の身体への興味からでした。
調子が悪い時に受けてみたら良くなったから、
とか、そういう入り口ではなく好奇心です。
最初の体験は、これまた好奇心から学びはじめた、
アロマテラピーのスクールであったマッサージの授業でした。
マッサージなど受けたこともないし、アロマテラピーが
学びたかっただけなのに、マッサージかよ・・・
という状態だったのですが、
マッサージベッドに横たわる人の背中を見た時に、
「なんだこれは!」と思ったのでした。
それは背中なのだけれど、なにか語りかけてくるのです。
そして、なんだかその人らしい感じが伝わってくる。
いつもは見えないその人の側面なのだけれど、
その人らしい何かがそこにあるのです。
それを感じた時に、あ、アロマセラピストの仕事が、
私にもできるかも…と単純に思ったのが、
この道に入るきっかけでした。
今年に入って久しぶりに、
人のボディに触れるワークショップに参加したのですが、
あらためて、その時の初心を思い出したのでした。
そんな入り口なので、心と体を一つのものとして
扱っているワークに関心が向いていきます。
感情とカラダ、思考とカラダ、魂とカラダ。
身体にタッチするということは、
感情、思考、魂にもタッチしていると同じことであり、
触れる側の意識が、触れられる側の意識に
とても影響するのです。


アロマセラピストの養成校で、マッサージを教える仕事を、
結構長い間やってきました。
自分がボディワーカーとしてやっている時は、
自分の内的な在り方や姿勢の在り方をチェックしながら
やっているつもりだったのですが、いざ、人に教えるとなると、
それは、なかなか言語化して教えるのが難しく感じました。
姿勢や動きに関しては、フェルデンクライスメソッドから学び、
指導に役立てることが出来ました。
しかし、内的な在り方に関しては、なんら教えられる術もなく、
教えられるような意識段階に自分はなかったと思います。
2009年に裏磐梯に移住してきた時には、
自分の経験やこれからやっていくことを、
人の役に立て、社会に役に立てられたら、
という思いで、新しい場づくりをスタートさせました。
しかし、2011年の3月に起きた大震災と原発事故により、
自分がやりたかったことの多くが奪われ、
様々な感情的な体験をしました。
そこでの4年間が、自分の中にあった様々な質を浮かび上がらせ、
自分のシャドーや葛藤に向き合う学びの時間となった気がします。
自分の存在意義や、できることが何もないのではと思うときもあり、
逆に、自分には何か使命があってここにいるのかもしれないと
思うこともありました。
震災から4年目も終わろうという時に、
様々なきっかけを周囲からいただいたおかげもあり、
自分のやれることを少しづつ形にしていけるような流れが
来ているような感じがしています。
たまたま、過去の書類の整理やら、ものの整理をするときに、
そこに書かれたものに目をやると、
自分が今やろうと思っていることすべては、
ずっと昔からやり続けてきたことと、何ら変わりがない事にも、
最近、ふと気づきました。
震災以前にも、もちろん、自分自身の生き方を問い直すような
大きな体験は何度もありましたが、この震災の体験は、
とても大きなもので、この4年間の学びがあり、
もとの位置に戻ってきたのだなということを
最近は、だんだん感じはじめています。
そうした時に、この『触れる』ということの意味が、
以前よりも、より一層、深いものとして感じられ、
20年前のマッサージの授業で、
人の背中から感じた不思議を
思い出すことが出来ました。
その時から、自分は長い間そのことにずっと何かしら携わり、
蓄積しているという、安定感というか、安心感を、ここで感じています。
以前は、ボディワーカーやアロマセラピストを
目指す方々や、スキルアップを求める方に
教えるということをしてきましたが、
今は、もっと、多くの人に気軽に、
人に『触れる』という体験をしてもらいたい、
そんな気持ちがわいてきています。
少しずつ、言葉にもしていきたいと思いますが、
触れることがちゃんとできるということが、
世界を変える小さな一歩にも
繋がっていくのではと感じているのです。